実際の会話では、文脈によって、単語のもとの語義とは少し違った意味を表現する場合がある。例えば、Poor や Old などだ。そんな微妙なニュアンスを理解できるようになるには、小説を読むことはとても効果的だ。長い物語の中で、登場人物の性格や、人間関係など微妙な雰囲気を分かっている読者にとって、それぞれのセリフにある背景は分かっている。なぜその表現を使うのかを理解した上で、英語の表現として勉強するのは、「使える英語表現」として記憶に残りやすいのだ。
今回は、「old」に加え、「hustle」、「settle」、「vulnerable」、「stride」などの微妙な使い方を見ていこう。
Early Autumn 「初秋」by Robert B. Parker ロバート B. パーカー
She smiled. “You do look quite powerful,” she said.
彼女は微笑むと、「あなたは本当にパワフルに見えるわね」、と言った。
“Do you lift weight?”
「ウェイトトレーニングなさるの?」
“Sometimes,” I said.
「時折」と俺は言った。
“I thought so, my husband, my ex-husband, used to.”
「そうだと思ったわ。私の夫、別れた夫もウェイトトレーニングしてたわ」
“Not enough,” I said.
「ちゃんとやってはいないようですがね」、と俺は言った。
“That’s right. you’ve seen him, haven’t you? He’s gotten fat. But when we met he was really quite good-looking”
「そうだわ、あなたはあの男に実際に会ったのでしたっけね。すっかり太ってしまって。でも私が最初に会った頃は本当にとても見た目が良い男だったのよ」
“You really thing he’ll make another try for Paul,” I said.
「あなたは本当にあの男がもう一度ポールを誘拐しようと試みると思うのですか」、と俺は聞いた。
“Absolutely,” she said. “He’s, he’s . . .” She groped for words. “I don’t know, he is like that.”
「絶対だわ」とパティは答えた。「あの人は、あの男は、、、」と言葉に詰まる。「なんて言ったら良いのか、あの人はそう言う人なの。仕返しをせずには居られないの。負けるのが耐えられないのよ」
“Capture the flag”
「敵軍の旗を取るわけだ」
“Excuse me?”
「はあ?」
I shook my head. “Just musing aloud”
俺は首を振った。「単なる独り言です」
“No, please tell me. You said something. Do you disapprove me?”
「いえ、ちゃんと言ってください。何か言ったじゃないですか。私を非難してらっしゃる?」
“It’s not my business to approve or disapprove,” I said. “It’s my business to see that your kid is okay.”
「認めたり、非難したりするのは私の仕事でない。あなたの子供の安全が私の役目です」
“But you said something before. Please tell me.”
「でも何か今言ったじゃないですか。どうぞおっしゃって下さい」
“I said capture the flag. The kid’s like a trophy you two are fighting for.”
「旗の争奪だ、と言ったんです。子供は、あなた方が奪い合うトロフィーのようだと」
“well, that son of a bitch is not going to get him,” she said.
「そうよ、あいつにはポールを渡しはしないわ」、と彼女は言った。
“That’s right,” I said.
「そのとおり」と俺は言った。

この”That’s right“には皮肉が込められているのを感じよう。子供を戦利品として扱う事に対しての非難は全く母親には届いていない、それどころか、意地丸出しで「旗」を守ろうとする態度に、「やっぱり思った通りだ」というニュアンスが込められている。

“Why don’t you take your coffee into the living room and read the paper,” she said. “I’ll clean up here.”
「コーヒーをリヴィングに持って行って、新聞でもお読みになって。私はここを片付けるわ」、と彼女は言った。
I did.
俺はそうした。
She bustled about in her flowered apron and put the dishes away in the dishwasher and swept the floor.
彼女は花柄のエプロンを着て、皿を皿洗い機に入れたり、床を掃いたりして、忙しく立ち回った。
Bustle は騒々しい、賑やか、活気がある、と言う言葉だが、「Hustle and bustle」と、韻を踏んだ表現をよく聞く。「喧騒」だ。
例)I live in the mountains away from the hustle and bustle of the city.
ここでは「忙しく立ち回った」と訳してみた。
When my breakfast had settled and I’d finished the paper I went to my room and changed and went out to run.
朝食が腹に落ち着いて、新聞を読み終わると、自分の部屋に行き、着替えてジョギングに出た。
Settle はとても便利な単語なのでチェックしてみよう。この言葉のソウルは、動きがあったために舞い上がったホコリがしばらくして、落ち着くニュアンス。舞い上がった感情が元に落ち着く、新しい状況に落ち着く、喧嘩、紛争のケリがつく、沈殿する、そんなイメージだ。
食べたものが腹に落ち着く、ってのもよく分かるよね。
The winter was over. The weather was good and somewhere the voice of the turtle was probably being heard. What I heard were mostly sparrows.
冬はもう終わっていた。天気は良く、とこかでカメの声が聞こえているに違いない。俺に聞こえたのはほとんどツバメの声だけだった。
The voice of the turtle とは1940年代のブロードウェイの劇の名前だ。仮に、この劇を知っていたとしても、あまり面白くはないジョークである。
I jogged toward the center of town, feeling the spring sun press on my back.
背中に春の陽光を受けながら、俺は街の中心に向かって走った。
There was still an edge to the air. It had not softened into summer.
外気にはまだ少しキリッとした冷たさが残っている。まだ夏に向けて穏やかにはなりきっていなかった。
But by a mile I had a pleasant sweat working and my legs felt strong and mu muscles felt loose.
1マイルほど走ると、心地よい汗が出始め、足は力強く、筋肉がほぐれてくるの感じた。
There were other joggers out, mostly woman this time of day.
他のジョガーも走っていた。この時間帯はほとんどが女性だった。
Probably looking for a man to grab so they could but in on the money and power.
おそらく金と権力を分け前を取るために、男を探しているのだろう。
Probably why Susan had latched on to me.
スーザンが俺と付き合っている理由もそれだろう。
もちろん、これはジョークだ。自分の恋人のスーザンもまた、金と権力欲しさのために彼に、“latched on”、「カッチリ」とくっついて来たわけだ、と言ってる。
前回で読んだ、フェミニズムと、男性に金と権力を求める事についての会話を受けている。
Poor old Patty. She’d read all the stuff in Cosmopolitan and knew all the language of self-actualization, but all she really wanted was to get a man with money and power.
可哀想なパティ。コスモポリタンで自己実現やらについての記事を読み漁っても、実際には金と権力を持った男性を捕まえたいだけだ。
“old” は「歳を取っている」ではなく、「親しみのある」というニュアンスがある。例えば “I love good old Rock’n Roll.” は、「みんな知っている典型的なロックンロールが好きだ」という感じだ。
ここでは皮肉的な哀れみが込めていて、スペンサーのパティに対する気持ちが凝縮されている。

Ahead of me a young woman was jogging. She had on the top of a beige-and blue warmup suit and blue shorts cut high.
前方に若い女性がジョギングしていた。ベージュとブルーのトレーニングウェアの上着にブーの短いショーツをはいていた。
I slowed down to stay behind her and appraise her stride in the high-cut shorts.
俺はスピードを落とし、彼女の後ろについて、短いショーツを履いて走る様子を眺めた。
Stride は歩調だが、走るリズムや、足の動きもStride。Big strides は「大股」、となる。この他にも、Stride は広く使える表現があるので別の投稿で説明しよう。
Women looked realer in spring. Like this one.
この女性もそうだが、春は女性がもっとも自然に見える時だ。
She hadn’t had a chance to get this year’s tan yet and her legs were white and vulnerable.
今年のシーズンの日焼けをするにはまだだなので、足も白くて、幼気だ。
Vulnerable については以前もコメントしたかも知れない。言葉のソウルは「守られていない、弱いポイント」だ。ここでは日焼けもしてなく、白い足が、生々しく、か弱く、本来の姿をさらけ出している、つまり、リアルな本質を見せている、と、いう感じだ。どう、Vulnerable の感じが伝わるかな?ここでは、いたいけな(幼気な)と訳してみた。
Good legs though.
でも、良い足をしている。
I wondered if I offered her money and power she’d jog with me. She might.
金と権力をこの女性に約束したら、俺と一緒に走ってくれるだろうか?可能性はある。
On the other hand she might accelerate and run off and I wouldn’t be able to catch her.
一方で、そんなことをしたら、スピードを上げて走り去って、俺は追いつけないかも知れない。
That would be humiliating.
そりゃ恥ずかしい事になる。
I picked up the pace and went past her.
俺はスピード上げて女性を追い越した。
She had a big gold hoop earings on and she smiled a good fellowship smile at me as I went past.
女性は大きなゴールドの輪のイヤリングをつけていた。追い越し側に、同胞に対する笑顔を俺に向けた。
I tried to look powerful and rich but she didn’t hurry to catch me.
金と力がありそうにして見たが、女性は急いで俺に追いついて来ようとはしなかった。
I cruise down through Lexington Center past the minuteman and looped back in a wide circle to Emerson Road.
レキシントンセンターを横切って通り、ミニットマンの銅像を過ぎて、エマーソン・ロードまで大きな弧を描いて戻った。
It took an hour and a quarter, which meant I ‘d done seven or eight miles.
1時間15分走ったので、およそ7、8マイル走った事になる。
Patty’s car was gone. I did some stretching and took a shower, and dressed.
パティの車は無かった。 俺は少しストレッチしてシャワーを浴び、着替えた。
I heard Patty’s car pull in.
パティの車が帰って来たのが聞こえた。
And when I went out, she was just breezing in to the kitchen with groceries.
部屋から出ると、パティはちょうど食料品を持ってキッチンに足早に入って来たところだった。
Breezeは「そよ風」。つまり「そよ風」のように入ってきた。ここでは「足早に」と訳してみた。
“Hi,” she said. “Want some lunch?”
「ハーイ、お昼はどう?」と彼女は言った。
Are you after my money and power?” I said.
「お目当は私の金と権力かな?」と俺は言った。
She looked quickly sideways at me. “Maybe,” she said.
パティは素早く横目で俺を見ると、「かもね」、と言った。
まとめ
こうして、微妙なニュアンスを訳したりするのは楽しい。早川ミステリ文庫から出版されている菊池光氏による日本語訳版は、意図的に一切見ていない。この話を読み終えた時点で、菊池氏の訳と比べてみるのを楽しみにしているからだ。このブログでの僕の訳は、通常の翻訳の制限をあえて越えているので、かなり違うと思うが、本質は同じはずだ。
ロバート B. パーカーの日本講演の際に、通訳を通して聴いている聴衆よりも、数テンポ早くジョークを理解して笑っている菊池氏の様子に感心したのは今でも良く覚えている。
次回は9章の始まりだ!
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